映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」ラストシーンをわかりやすく解説!実話と映画の比較も紹介

映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」ラストシーンをわかりやすく解説!実話と映画の比較も紹介
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映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」を観終わったあと、妙に落ち着かない気持ちが残りました。

派手な爆発も大逆転のカタルシスもないのに、心臓だけがずっと忙しいんです。

映画の中で戦っているのは銃ではなく、紙と活字と、決断です。

しかも、その決断が一歩間違えば人生を壊す。そういう種類の怖さが、じわじわ染みてきます。

この記事では、映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」のラストシーンを、初見でも迷わないように噛み砕いて解説します。

さらに実話の背景と映画の違いも比べながら、どこが脚色でどこがリアルなのかも整理します。

ネタバレを含みますので、まだ観ていない場合は注意してください。

 

目次

映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」ラストシーンをわかりやすく解説

映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」ラストシーンをわかりやすく解説!実話と映画の比較も紹介

ラストの意味がわかると、この映画の印象が少し変わります。

勝ったのにスッキリしない理由が、ちゃんと見えてくるんです。

 

最高裁で勝ったのに「主役になれない」ワシントン・ポストの空気

映画の終盤、ワシントン・ポストは政府と法廷で争い、最終的に最高裁で勝利します。

ここだけ聞くと、よくある裁判映画みたいに、勝利の瞬間で拍手喝采が起きて、音楽が盛り上がって終わりそうですよね。

でも映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」は、そこをあえて外してきます。

最高裁の建物の前で、ニューヨーク・タイムズの周りに記者が殺到する場面があります。

ワシントン・ポストは同じ戦いをしたのに、あまり注目されない。カメラも群衆も、ニューヨーク・タイムズに吸い寄せられていきます。

ここが、ものすごく現実っぽいです。

正しいことをした人が、いつもスポットライトを浴びるわけじゃない。

勝利の瞬間ですら、誰が主役として語られるかは別問題なんですよね。

観ている側としては少し悔しいです。ワシントン・ポストも命がけだったのに、と言いたくなります。

でもその悔しさが、逆にこの映画の温度を上げています。

報道の世界って、たぶんこういう理不尽が普通にあるんだろうなと感じました。

 

キャサリン・グラハムが「決断した人」になった瞬間

ラストシーンの中心にいるのは、キャサリン・グラハムです。

キャサリン・グラハムは新聞社の代表として、ペンタゴン・ペーパーズを載せる決断をしました。

編集主幹のベン・ブラッドリーが押し切ったように見える場面もありますが、最後に責任を引き受けたのはキャサリン・グラハムです。

映画の前半から中盤まで、キャサリン・グラハムは周囲に軽く扱われます。

会議の場でも空気みたいに扱われたり、経営者として未熟だと見られたりします。

編集部からも強く言われる。弁護士からも止められる。

取締役からも圧がかかる。

それでもキャサリン・グラハムは、逃げません。

たぶんキャサリン・グラハムの中で一番怖かったのは、政府よりも「自分が判断を間違えること」だったと思います。

新聞社を潰すかもしれない。

社員の人生を壊すかもしれない。

家族の名誉も失うかもしれない。

そこまで背負って決めるのは、想像するだけで胃が痛いです。

だからこそ、最高裁の結果が出たあとにキャサリン・グラハムが歩く姿が、ただの勝者の歩き方ではなくなるんです。

勝っても軽くならない。勝っても終わらない。

むしろ、ここからが始まりだとわかっている歩き方に見えます。

自分はあの場面を観て、妙に背筋が伸びました。

仕事でもブログでも、誰かに見られている気がして。

うまく言えないんですけど、逃げずに決めた人の背中って、画面越しでも伝わってきます。

 

女性たちの視線が意味するもの

ラストで印象的なのが、キャサリン・グラハムの周囲に女性たちが集まってくる場面です。

大声で応援するわけでもなく、拍手するわけでもない。

ただ、静かに見守っている。

あのシーンがあるだけで、映画のテーマがもう一段深くなります。

これは報道の自由の話でもあるけれど、キャサリン・グラハムが「女性の経営者として決断した」話でもあるんですよね。

キャサリン・グラハムは、女性だからこそ迷った部分もあったと思います。

というより、周囲が勝手に「女性だから」と見てくる。

キャサリン・グラハムが何を言っても、空気が一瞬止まるあの感じ。

経験が浅いとかそういう話じゃなくて、最初から信用されていない。

でもキャサリン・グラハムがペンタゴン・ペーパーズ掲載を決めた瞬間、周囲の空気が変わります。

ワシントン・ポストの中でも、外でも、静かに変わる。

女性たちの視線は、その変化を可視化するために置かれているように見えました。

この映画を観たあと、自分の中で「勇気って叫ぶことじゃないんだな」と思いました。

誰にも褒められなくても、正しいと思うほうに進むこと。

あの静かな視線が、それを教えてくれます。

 

実は「次の事件」へ繋がるラストになっている

映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」は、最高裁で勝って終わりではありません。

最後にもう一段、怖い余韻を残します。

ワシントン・ポストの印刷機が動く音。

夜の街。電話が鳴る気配。新聞社の空気が変わっていく。

そこで出てくるのが、ウォーターゲート事件を思わせるラストです。

ここがすごく上手いです。ペンタゴン・ペーパーズは「過去の嘘」を暴いた事件でした。

でもウォーターゲート事件は「現在進行形の嘘」を暴く事件になります。

つまり、報道の戦いは一度勝って終わりじゃない。勝った瞬間に、次の戦いが始まっている。

観終わったあとに落ち着かないのは、たぶんここです。

正義が勝ったから安心、ではなくて、真実を追う仕事は永遠に続く。

だから怖いし、だから尊い。

自分はあのラストで、映画が急に現代の話に見えました。

SNSで情報が流れる今でも、都合のいい嘘は簡単に作れるし、真実は埋もれます。

だから「出す側」が折れたら終わりなんだなと、急に現実に引き戻されました。

 

実話の「ペンタゴン・ペーパーズ事件」と映画の違いを比較

映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」ラストシーンをわかりやすく解説!実話と映画の比較も紹介

映画が面白いのは、実話ベースなのにドラマとして成立しているところです。

ただ、実話と映画はまったく同じではありません。

違いを知ると、映画が何を強調したかったのかが見えてきます。

 

ペンタゴン・ペーパーズ事件とは何だったのか

ペンタゴン・ペーパーズ事件は、ベトナム戦争に関する国防総省の極秘調査報告書が外部に漏れた事件です。

アメリカ政府は「戦況は順調」「勝てる」と国民に説明し続けていましたが、内部の記録にはまったく違う現実が残されていました。

映画でも描かれますが、ダニエル・エルズバーグが重要人物です。

ダニエル・エルズバーグは調査に関わった側の人間で、その内容の深刻さを知ってしまった。だからこそ、世に出すことを選びます。

ここがこの事件の怖いところです。外部の敵が盗んだわけではなく、内部の人間が「国民に知らせるべきだ」と判断して動いた。

つまり、国家の中で国家が割れているような状態です。

映画を観たあとにこの背景を思い返すと、ダニエル・エルズバーグの行動がただの英雄ではなく、かなり危険な賭けだったことがわかります。

捕まる可能性も高いし、人生が終わる可能性もある。それでも出した。

自分はここで、善悪って簡単に割り切れないなと思いました。

ダニエル・エルズバーグは正しいことをした。

でも法律上はアウトかもしれない。

国を守るという視点から見ると裏切りになるかもしれない。

どこから見るかで意味が変わるんです。

 

映画は「新聞社の戦い」を主役にしている

ペンタゴン・ペーパーズ事件というと、内部告発者のダニエル・エルズバーグに注目が集まりやすいです。

でも映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」は、ダニエル・エルズバーグの物語というより、ワシントン・ポストの物語になっています。

特にキャサリン・グラハムに焦点を当てています。

ここが映画としての狙いだと思います。

機密文書を持ち出すのは一発勝負の爆弾みたいな行為です。

でもそれを載せるのは、もっと泥臭い決断になります。

載せる側は、正義感だけで突っ走れない。

社員もいる。家族もいる。会社の未来もある。

裁判の費用もある。株式公開の問題もある。スポンサーもいる。全部が絡みます。

映画の中で、キャサリン・グラハムが迷う時間が長いのは、その現実があるからです。

観ている側としては「載せてよ」と思う瞬間もあります。

でも、その簡単な一言がどれだけ無責任かもわかってくる。

自分はブログをやっているので、少しだけ共感してしまいました。

もちろん新聞社とは比べ物になりません。

でも、何かを発信するって、想像以上に怖いです。

叩かれるかもしれないし、間違えるかもしれないし、誰かを傷つけるかもしれない。

だから黙りたくなる日もあります。

映画は、その怖さをちゃんと描いてくれます。

勇敢な英雄の物語ではなく、怖いまま進む物語です。

 

実話ではニューヨーク・タイムズが先に報じた

映画でも描かれる通り、最初にペンタゴン・ペーパーズを報じたのはニューヨーク・タイムズです。

ここは実話でも同じです。

ワシントン・ポストは後追いになります。

ただ、ワシントン・ポストが載せたことの意味は大きいです。

政府が差し止めに動いたあとに、別の新聞社も載せた。

つまり、ニューヨーク・タイムズだけを潰して終わりにはできなくなった。

映画ではこの部分が、ベン・ブラッドリーの執念と、バグディキアンの足で稼ぐ動きで描かれます。

紙の束を抱えて走る姿が、妙にヒーローっぽく見えるんですけど、あれは「記者の仕事のかっこよさ」をちゃんと見せてくれます。

実話と映画の違いで言うと、映画は時間の圧縮がされています。

10時間で整理して掲載へ、というスピード感は映画ならではの見せ方です。

でも、あの焦りの空気自体は本物だったと思います。

現場って、いつも締め切りに追われていますから。

 

キャサリン・グラハムの描き方は映画的に強調されている

映画はキャサリン・グラハムを主役として描きます。

実話でもキャサリン・グラハムは重要人物ですが、映画はさらに「孤独な決断者」として強く描いています。

これは脚色というより、映画としての焦点の置き方だと思います。

なぜなら、ペンタゴン・ペーパーズ事件を単なる政治スキャンダルとして描くより、キャサリン・グラハムという一人の人間の物語にしたほうが、観る側の体温が上がるからです。

自分はキャサリン・グラハムの迷い方が好きでした。迷いが長いのに、うじうじして見えない。

むしろ、迷いの中で考え続けているのが伝わってくる。

強い人って、迷わない人じゃなくて、迷いながら決める人なんだなと思わされました。

映画のキャサリン・グラハムは、完璧なリーダーではありません。

噛み合わない場面もあるし、周囲に頼ってしまう場面もある。でも最後に決める。

その一歩が、全部をひっくり返します。

 

まとめ

映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」は、ペンタゴン・ペーパーズ事件を題材にしながら、ワシントン・ポストが真実を載せるまでの葛藤と覚悟を描いた作品です。

ラストシーンでは最高裁で勝利して終わりではなく、ワシントン・ポストが注目されない悔しさや、キャサリン・グラハムが背負った決断の重さが静かに残ります。

さらにウォーターゲート事件を示す終わり方によって、報道の戦いは一度の勝利で終わらず、次の時代へ続いていくことが伝わってきます。

実話と映画を比較して見ると、史実の流れを踏まえつつ、キャサリン・グラハムという一人の人間の視点に寄せて描かれている点が、この作品ならではの魅力だと感じました。

実話映画をジャンル別にまとめた一覧ページはこちらです。

ほかの実話映画も探したい場合は、こちらの記事からチェックできます。

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