映画「蟻の王」あらすじ・ネタバレ!感想や無料視聴の方法も紹介

映画「蟻の王」あらすじ・ネタバレ!感想や無料視聴の方法も紹介
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映画「蟻の王」は、観終わったあとに胸の奥がじわっと重くなる作品でした。

派手な事件が起きるわけではないのに、静かに追い詰められていく感じがリアルで、見ている側の呼吸まで浅くなるような怖さがあります。

舞台は1960年代のイタリア。

同性愛者が異端視されていた時代に、実在の詩人で劇作家アルド・ブライバンティが、教え子の若者と恋に落ちたことで罪に問われた「ブライバンティ事件」をモデルにしています。

この記事には映画「蟻の王」のネタバレが含まれます。

あらすじを結末まで解説しているため、映画鑑賞前の方はここでページを閉じてください。

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目次

映画「蟻の王」解説

映画「蟻の王」あらすじ・ネタバレ!感想や無料視聴の方法も紹介

映画「蟻の王」は、同性愛を直接裁く法律が存在しなかったイタリアで、別の罪名を使って無理やり裁こうとした異様な事件を描いたドラマです。

作品の空気は終始静かですが、静かだからこそ残酷さが浮き彫りになります。

主人公のアルド・ブライバンティは、詩人であり劇作家であり、さらにアリの研究者でもある文化人です。

芸術サークルを主催し、若者に学問や芸術の楽しさを教える存在として街で知られていました。

そこに現れたのが、若い青年エットレ・タリアフェッリです。

エットレはアルドに惹かれ、家庭や常識から少しずつ離れていきます。

しかし、エットレの家族はこの関係を認めません。

家族はエットレを「治療」するため精神病院に入れ、アルドを「教唆罪」で逮捕させます。

この映画の怖さは、暴力だけじゃありません。

社会全体が「普通」を盾にして、ゆっくり人を壊していくところにあります。

自分は映画の途中で何度も思いました。

これは過去の話に見えて、形を変えた今の話でもあるんじゃないかと。

 

キャスト

この作品は、キャストの表情だけで心が削られます。

派手なセリフより、黙った時間の説得力がすごいです。

 

アルド・ブライバンティ役:ルイジ・ロ・カーショ

アルド・ブライバンティは、知性と孤独を同時に抱えた人物として描かれます。

誰よりも言葉を持っているのに、裁判では黙るしかない。

その沈黙が「諦め」ではなく「怒り」や「軽蔑」に見える瞬間があり、見ていて苦しくなります。

 

エンニオ・スクリバーニ役:エリオ・ジェルマーノ

エンニオ・スクリバーニは、イタリア共産党機関紙の記者です。

最初は小さな事件の記事担当でしたが、突然アルドの裁判を追うことになります。

エンニオ・スクリバーニは、正義感だけで突っ走るタイプではありません。

立場や組織の限界にぶつかりながら、それでも「おかしい」と感じたことを見ないふりができない。

この揺れ方がすごく人間っぽいです。

 

エットレ・タリアフェッリ役:レオナルド・マルテーゼ

エットレ・タリアフェッリは、純粋さと危うさが混ざった青年として描かれます。

アルドの言葉を吸い込むように学び、同時に家庭の圧力で押し潰されていく。

エットレ・タリアフェッリが精神病院に入れられていく流れは、見ていて本当にしんどいです。

「本人のため」という言葉が、ここまで怖くなるのかと思わされます。

 

グラツィエラ役:サラ・セラヨッコ

グラツィエラは、アルドを支える側の象徴です。

抗議活動に動く姿は、映画の中で唯一「熱」を感じる部分でもあります。

ただ、熱があるから救われるわけじゃない。

そこがまた現実的で、胸が痛くなります。

 

マッダレーナ・タリアフェッリ役:アンナ・カテリーナ・アントナッチ

エットレの母親マッダレーナ・タリアフェッリは、家庭側の圧力を代表する存在です。

悪役として単純に片付けられないのが、この作品の怖いところです。

愛しているはずなのに、壊してしまう。

その矛盾が、いちばん残酷でした。

 

リッカルド・タリアフェッリ役:ダヴィデ・ヴェッキ

兄リッカルド・タリアフェッリは、家族の価値観を守る側として行動します。

正義のつもりでやっているからこそ、止まらない。

その怖さがずっと続きます。

 

映画「蟻の王」あらすじ・ネタバレ

1959年、イタリア。

詩人で劇作家、そしてアリの研究者でもあるアルド・ブライバンティは、エミリア=ロマーニャ州ピアチェンツァで文化芸術や学問の探求を続けていました。

アルド・ブライバンティが主催する芸術サークルには多くの若者が集まっていました。

その中に、エットレ・タリアフェッリという青年が兄リッカルド・タリアフェッリに連れられてやってきます。

エットレ・タリアフェッリは羽根の取れたメスのアリを見つけ、アルド・ブライバンティと会話を交わします。

この場面が象徴的で、エットレ・タリアフェッリの人生が「普通の道」から外れていく入口に見えました。

エットレ・タリアフェッリは本当は美術の道に進みたいのに、親の希望で医学を学んでいると話します。

アルド・ブライバンティは、親に従う必要はないと助言します。

エットレ・タリアフェッリは、学校や家庭が教えてくれないことを教えてくれるアルド・ブライバンティに惹かれていきます。

しかし兄リッカルド・タリアフェッリはアルド・ブライバンティの教育方針に反対し、エットレ・タリアフェッリに「二度と行くな」と忠告します。

それでもエットレ・タリアフェッリは引き返しません。

この時点で、もう戻れない感じがして怖かったです。

 

ローマでの生活と「同性愛の世界」を知るエットレ

1962年。

エットレ・タリアフェッリは家族と決別し、アルド・ブライバンティのもとへ走ります。

二人はピアチェンツァを離れ、ローマで暮らし始めました。

ある日、アルド・ブライバンティとエットレ・タリアフェッリは美術館を訪れます。

そこでアルド・ブライバンティは旧友と再会し、同性愛者が集うパーティーへ誘われます。

アルド・ブライバンティは乗り気ではありませんでしたが、エットレ・タリアフェッリを連れて参加します。

エットレ・タリアフェッリは、生まれて初めて触れる空気に圧倒されます。

アルド・ブライバンティが旧友と話している間に、エットレ・タリアフェッリは先に会場を出てしまいます。

あとから合流したアルド・ブライバンティは、パーティーの参加者たちは自分とは違うけれど自分と同じであり、安心して自分をさらけ出せると語ります。

このセリフが印象に残りました。

「違うけど同じ」って、すごく救いのある言葉なのに、この映画では救い切れない感じがして苦しいんです。

 

1965年。

アルド・ブライバンティとエットレ・タリアフェッリはペンションを借りて同棲していました。

しかし家主の通報により、エットレ・タリアフェッリの居場所が家族にバレてしまいます。

母マッダレーナ・タリアフェッリと兄リッカルド・タリアフェッリが部屋に突入し、無理やりエットレ・タリアフェッリを連れ去ります。

この場面は、見ていて胃が痛くなりました。

抵抗できない空気が、現実の暴力として迫ってくるんです。

 

精神病院と裁判、そして「教唆罪」という歪んだ罪

連れ去られたエットレ・タリアフェッリは精神病院に入れられます。

電気ショック療法や薬物療法などを受けさせられ、同性愛を「治療」させられました。

この「治療」という言葉が、ここまで残酷に響く映画はなかなかありません。

治すべきものとして扱われる時点で、人としての尊厳が壊されていきます。

一方のアルド・ブライバンティは、エットレ・タリアフェッリを強制的に従属させたとして逮捕されます。

適用されるのは、ほとんど使われたことのない「教唆罪」でした。

裁判が始まりますが、状況は圧倒的にアルド・ブライバンティに不利です。

ここで登場するのが、イタリア共産党機関紙の記者エンニオ・スクリバーニです。

エンニオ・スクリバーニはスリなどの小さな事件を担当していましたが、突然この裁判を担当することになります。

取材を進め、裁判を傍聴するうちに、エンニオ・スクリバーニは疑問を抱きます。

どう考えてもおかしい裁判なのに、誰も指摘しない。

空気が異常なのに、それが当たり前として進んでいく。

アルド・ブライバンティは裁判で黙秘を貫きます。

エンニオ・スクリバーニが面会して理由を問うと、アルド・ブライバンティは「こんな茶番に付き合えない。そう思うなら自分で記事にすればいい」と答えます。

ただ、エンニオ・スクリバーニは共産党機関紙の記者という立場上、自由に書けません。

この「書けない」もまた、社会の圧力として描かれているのが怖いです。

第二次世界大戦時代のファシスト政権は「イタリアには同性愛者は存在しない」としていました。

同性愛を裁く法律は存在しない代わりに、同性愛そのものがタブーでした。

だから司法は、同性愛を同性愛として認められない。

その結果、無理やり教唆罪を適用することになります。

アルド・ブライバンティは沈黙を破り、自分の言葉にも価値があるはずだと反論します。

しかし誰も耳を傾けません。

やがてエットレ・タリアフェッリが証言台に立ちます。

精神病院での証言は脅されて自白を強要されたものであり、アルド・ブライバンティは人生で最も大切な人だと語ります。

それでも裁判は、エットレ・タリアフェッリの発言を「洗脳されたもの」とみなします。

そしてアルド・ブライバンティは有罪判決を受けます。

この瞬間、映画の空気がさらに冷たくなります。

理屈ではなく、空気で裁かれていく感じが残ります。

 

抗議、無力感、そして二人の再会と別れ

判決に納得できないエンニオ・スクリバーニの従妹グラツィエラら支援者たちは、裁判への抗議デモを始めます。

グラツィエラはアルド・ブライバンティのために声を上げ続けます。

ただ、アルド・ブライバンティは抗議活動に感謝しながらも、それが自分の足枷になるのではないかと危惧します。

ここが切ないです。

支援が嬉しいのに、支援が怖い。

一方のエンニオ・スクリバーニも闘う決意を固めますが、機関紙の上層部から担当を外されます。

自分の無力さに打ちのめされるエンニオ・スクリバーニの姿が、ものすごく現実的でした。

結局、アルド・ブライバンティの有罪は確定し、刑務所に収監されます。

エットレ・タリアフェッリは精神病院を出ますが、家族のもとには戻りません。

一人暮らしを始め、美術関連の仕事に就きます。

裁判から数年後。

アルド・ブライバンティは母親が亡くなり、一時的に釈放されて葬儀に参列します。

その後、アルド・ブライバンティはエットレ・タリアフェッリに会いに行きます。

二人は固く抱き合い、互いの近況を語り合います。

ここが救いの場面なのに、なぜか泣きそうになります。

再会できたのに、戻れない時間が重すぎるからです。

アルド・ブライバンティは刑期を終えて出所します。

しかし、その後エットレ・タリアフェッリと二度と会うことはありませんでした。

 

映画「蟻の王」感想

映画「蟻の王」を観た感想を正直に言うと、派手な展開があるわけじゃないのに、ずっと胸の奥がざわざわしていました。
観終わったあとも、すぐに切り替えられなくて、しばらく無言になったくらいです。

この映画って、いわゆる「泣ける映画」とか「感動する映画」みたいな分かりやすさがないんですよね。
でも、その分だけ現実っぽい。だから余計に刺さりました。

アルド・ブライバンティとエットレ・タリアフェッリの関係が、最初はすごく静かに始まるじゃないですか。
アリの話をして、美術の話をして、世界の見え方が変わっていく。
その空気がすごく綺麗で、なんというか「人生が開く瞬間」みたいに見えました。

自分はそこが一番好きでした。
恋愛っていうより、救いに近い感じがしたんです。
エットレ・タリアフェッリが「自分の人生を生きていいのかもしれない」って思えるようになっていくのが、見ていて眩しかったです。

でも、その眩しさがあるからこそ、後半がしんどいんですよね。
家族が乗り込んでくるシーンは、本当に胃が痛くなりました。
大声を出して殴るとかじゃなくて、「当然のことをする顔」で人生を壊しにくる感じが怖すぎました。

精神病院の描写も、正直、観ていて逃げたくなりました。
同性愛を「治療」って言葉で片付けるのが、こんなに残酷なんだって思わされます。
本人のため、家族のため、世間のため。
そういう言葉が並ぶほど、本人が置き去りになっていく感じがして、息が詰まりました。

裁判の場面も印象が強いです。
アルド・ブライバンティが黙秘を貫く理由が、だんだん分かってくるんですよね。
反論すれば勝てるとか、説明すれば理解されるとか、そういう次元じゃない。
最初から結論が決まっていて、空気で裁かれている。
その感覚が、見ていて本当に苦しかったです。

エンニオ・スクリバーニの存在も、自分の中では大きかったです。
正義感のヒーローって感じじゃないのに、ちゃんと「おかしい」と思える人。
でも立場のせいで、全部は言えない。
頑張っているのに無力感に潰される姿が、すごくリアルでした。

この映画を観て思ったのは、悪意だけが人を壊すわけじゃないってことです。
むしろ「普通」「常識」「世間体」みたいな言葉が、人を壊す力を持ってる。
その怖さを、静かに見せつけられた気がしました。

そしてラストの再会シーン。
抱き合うだけなのに、あそこが一番泣きそうになりました。
やっと会えたのに、戻れない時間が多すぎるんですよね。
嬉しいのに苦しい。
その感情が一気に押し寄せてきて、観てる側も耐えられなくなります。

自分は観終わってから、「これって過去の話なのかな」って考えました。
時代は違うし、国も違う。
でも、誰かを「普通じゃない」と決めつけて、社会が静かに追い詰めていく構造って、形を変えて今も残っている気がします。

映画「蟻の王」は、軽い気持ちで観るとしんどいかもしれません。
でも、観たあとに残るものは確実にあります。
忘れたくても忘れられないタイプの作品でした。

観る前よりも、世界の見え方がちょっと変わった気がします。
それがこの映画の一番すごいところだと思いました。

 

映画「蟻の王」無料視聴の方法

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自分の感覚だと、スマホで登録してそのままテレビに繋げる人も多いと思います。

 

「見放題」か「レンタル」かを必ず確認するのがコツ

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ただ、U-NEXTはポイントが付与される仕組みもあるので、そのポイント内でレンタルできるケースもあります。

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映画「蟻の王」を観る予定が固まってから登録する。

これが一番失敗しにくいです。

そして、もし継続しない場合は無料期間内に解約すれば料金は発生しません。

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映画「蟻の王」は、気軽に流し見するより、ちゃんと時間を取って観た方が刺さる作品です。

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まとめ

映画「蟻の王」は、1960年代のイタリアを舞台に、実在の詩人で劇作家アルド・ブライバンティが教え子エットレ・タリアフェッリと恋に落ちたことで裁かれた「ブライバンティ事件」をモデルにした作品です。

静かに始まった関係が、家族や社会の偏見によって壊されていく流れは、派手な演出がないのに心に重く残ります。

裁判で使われた「教唆罪」という歪んだ仕組みや、同性愛を正面から扱えなかった時代の空気がリアルで、観終わったあとも考えが止まらなくなる映画でした。

U-NEXTでは配信状況によって見放題で視聴できる場合があり、初回無料トライアルを利用すれば実質無料で観られる可能性もあります。

観る前に作品ページで「見放題」か「レンタル」かを確認しておくと安心です。

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