映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」を観たあと、しばらく頭の中が静かになりました。
派手なアクションもないし、泣かせる展開を無理に作っているわけでもないのに、気づいたら心の奥がじんわり温まっているんです。
この映画、結局なにがすごいのかというと、エンニオ・モリコーネという作曲家の人生が、そのまま映画の歴史になっているところだと思います。
音楽を作っているだけなのに、映画そのものを変えてしまった人。
そんな存在が本当にいたんだな、と妙に実感しました。
この記事では、映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」の実話モデルが誰なのかをはっきりさせつつ、エンニオ・モリコーネのプロフィールも丁寧にまとめます。
さらに、映画と実話の違いも整理していきます。
ネタバレというより、映画の中で語られる人生の流れを踏まえて書くので、鑑賞後の復習としても役立つはずです。
私は普段、実話映画やノンフィクション系をよく観るんですが、この作品はちょっと変な余韻が残りました。
音楽がすごいというより、音楽に人生を全部預けた人間の執念が見えた気がして、妙に落ち着かなくなる瞬間があったんです。
たぶん、そこがこの映画の強さです。
映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」実話のモデルは誰?

結論から言うと、映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」の実話のモデルは、作曲家エンニオ・モリコーネ本人です。
この作品はフィクションではなくドキュメンタリーなので、モデルというより「主役が実在の本人」という形になります。
ただ、ここが少しややこしいところで、映画の中ではエンニオ・モリコーネだけが語られるわけではありません。
セルジオ・レオーネ、ジュゼッペ・トルナトーレ、クエンティン・タランティーノ、クリント・イーストウッドなど、映画史の中心にいるような人物たちが次々に登場して証言します。
だから観ていると、エンニオ・モリコーネの人生を見ているのに、同時に映画の歴史を横から覗いているような感覚になります。
「あ、この映画もモリコーネなんだ」みたいな驚きが何度も来るので、途中から情報量が多すぎて笑ってしまいました。
音楽の話なのに、登場人物が強すぎるんですよね。
エンニオ・モリコーネは何をした人?映画音楽の立場を変えた作曲家
エンニオ・モリコーネは、映画音楽の世界で伝説になった作曲家です。
有名なところだと「荒野の用心棒」「夕陽のガンマン」「続・夕陽のガンマン」などのマカロニ・ウエスタンでセルジオ・レオーネと組んだ仕事が大きいです。
さらに「ニュー・シネマ・パラダイス」の音楽は、映画を観たことがなくてもメロディーだけ知っている人がいるくらい、世界中に浸透しています。
この時点で、もう普通じゃないですよね。
映画音楽って、昔は「映像の後ろに流れるもの」という扱いが強かった時代がありました。
ところがエンニオ・モリコーネは、音楽を背景で終わらせず、映画の感情そのものにしてしまった人です。
映画の中でも語られていましたが、エンニオ・モリコーネは楽器の普通の鳴らし方にこだわらなかったり、ノイズや異質な音を混ぜたりして、映画音楽の表現を広げていきました。
その結果、映画音楽は「ただの伴奏」から「映画を作る重要な要素」へと扱いが変わっていったんだと思います。
私も映画を観るとき、昔はストーリー中心で音楽は流れてるな、くらいだったんです。
でもエンニオ・モリコーネの音楽って、気づいたら心の温度を変えてきます。映像の意味まで変わってしまう。これ、ちょっと怖いくらいです。
映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」は「本人の証言」が軸になっている
この映画の特徴は、エンニオ・モリコーネ本人の証言が中心にあることです。
しかも晩年のエンニオ・モリコーネが語るので、どこか落ち着いた空気があります。
「俺はすごいんだ」と語る感じではなくて、「まあ、こういうことがあった」と淡々と話していくんですよね。
この淡々さが逆に怖いです。普通なら誇りたくなる場面でも、エンニオ・モリコーネは感情を盛らない。音楽家ってこういう人なのかもしれません。
さらに証言者たちが、エンニオ・モリコーネの音楽をどう感じていたかを語ります。
クエンティン・タランティーノの熱量もすごいし、クリント・イーストウッドの言葉も重いです。
この映画を観ていると、エンニオ・モリコーネが「音楽家」というより「映画を作っていた人」だったんじゃないかと錯覚します。
エンニオ・モリコーネのプロフィールをわかりやすく紹介
ここからは、映画の実話モデルであるエンニオ・モリコーネのプロフィールを整理していきます。
映画を観たあとに振り返ると、人生の流れがかなり綺麗に見えてくるので、ここは押さえておくと面白いです。
エンニオ・モリコーネは1928年にイタリアで生まれ、2020年に亡くなりました。
91歳まで現役で作曲を続けたというだけで、もう異常な体力です。音楽家って、寿命の使い方が違うんでしょうか。
若い頃のエンニオ・モリコーネは医者になりたかったと言われています。
でも父親がトランペット奏者で、トランペットを吹くよう命じられたことで音楽の道に進むことになります。
この時点で、ちょっと人生がねじれてますよね。
自分の夢じゃなく、親の流れで決まっていく。
でも、そのねじれが結果的に世界を変える。
なんだそれって感じです。
エンニオ・モリコーネの音楽は「正統派」と「前衛」が混ざっている
エンニオ・モリコーネの音楽の魅力は、正統派の作曲技法を持ちながら、前衛的な発想を混ぜているところです。
映画の中でも、タイプライターやバスタブの音まで使う話が出てきます。
普通なら「それって音楽なの?」って言われそうな音まで、エンニオ・モリコーネは映画の中で成立させてしまう。
この感覚が、映画音楽を芸術に近づけた理由の一つなんだと思います。
私が個人的に面白いと思ったのは、エンニオ・モリコーネが「型にはまること」を嫌ったと言われている点です。
型を嫌う人って、だいたい途中で破綻するんですが、エンニオ・モリコーネは破綻せずに完成させてしまう。
ここが怖い。
エンニオ・モリコーネとセルジオ・レオーネの関係が人生を動かした
エンニオ・モリコーネの人生で欠かせない存在が、映画監督セルジオ・レオーネです。
セルジオ・レオーネはマカロニ・ウエスタンの巨匠として知られています。
映画の中でも語られていますが、セルジオ・レオーネはエンニオ・モリコーネの音楽を聴いて起用を決め、それ以降は数多くの作品で組むようになります。
この関係性が、エンニオ・モリコーネを世界に押し上げた大きな要因です。
面白いのは、エンニオ・モリコーネとセルジオ・レオーネが小学校時代の同級生だったという点です。
映画みたいな話ですよね。子どもの頃の縁が、世界レベルの作品を生む。
ここで私はちょっとだけ思ってしまいました。
人生って、努力だけじゃなく、縁のタイミングもあるんだなって。
もちろん努力が前提なんですが、縁がなかったら埋もれていた可能性もある。
そう考えると怖いです。
エンニオ・モリコーネは評価されるまで時間がかかった
エンニオ・モリコーネは世界的な作曲家として知られていますが、最初から評価されていたわけではありません。
映画音楽は芸術的地位が低いとされる時代があり、エンニオ・モリコーネは音楽家の世界で孤立することもあったと言われています。
さらにアカデミー賞にも何度もノミネートされながら、なかなか受賞できませんでした。
受賞確実と言われても取れない。これ、精神的にかなりきついと思います。
2006年にアカデミー賞名誉賞を受賞し、ようやく功績が世界に認められた流れは、観ていて胸が熱くなりました。
遅すぎるくらい遅い。でも、それでも諦めずに作り続けた。
そしてクエンティン・タランティーノ監督の「ヘイトフル・エイト」でアカデミー作曲賞を受賞します。
ここは映画としても一つの到達点で、観ていて「やっとか…」って気持ちになりました。
映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」映画と実話の違いは?



映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」はドキュメンタリーなので、基本的には実話そのものです。
ただ、それでも映画と実話の違いは存在します。
なぜなら、ドキュメンタリーは「事実をそのまま並べる作品」ではなく、「事実をどう見せるかで意味が変わる作品」だからです。
編集の仕方、証言の順番、どこを強調するか。ここで印象は変わります。
私はここが、ドキュメンタリーの面白さでもあり怖さでもあると思っています。
映画はエンニオ・モリコーネの「美しさ」に寄せている
映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」は、エンニオ・モリコーネの功績を称える作品です。
だから全体的に、エンニオ・モリコーネの凄さや美しさが前面に出ます。
もちろん実際に凄い人なんですが、映画としては「伝説」として描かれる部分もあります。
そこが少しだけ距離を感じる瞬間がありました。
ただ、その距離があるからこそ、エンニオ・モリコーネの音楽が神話っぽく見える。
私はその空気感も嫌いじゃなかったです。
実話のエンニオ・モリコーネはもっと泥臭かった可能性がある
映画の中でも「変人」と言われる場面はありますが、実際のエンニオ・モリコーネはもっと泥臭かったかもしれません。
仕事が多すぎて追い込まれた日もあっただろうし、批判に腹を立てた夜もあったはずです。
でも映画は、そこを必要以上に暴かない。
あくまで音楽家としての姿を中心に見せていきます。
私はこのバランスがちょうど良いと感じました。
ゴシップ的に崩すより、音楽家の芯を見せるほうが、この作品の価値が残る気がします。
まとめ
映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」の実話モデルは、作曲家エンニオ・モリコーネ本人です。
ドキュメンタリー作品なので、物語の元になった人物を探すというより、エンニオ・モリコーネの人生そのものを追体験する映画だと感じました。
エンニオ・モリコーネは「荒野の用心棒」や「ニュー・シネマ・パラダイス」など数えきれない名作の音楽を手がけ、映画音楽の価値を押し上げた存在です。
音楽が軽く見られていた時代に、音で映画を成立させる道を選び続けたところが、ただの成功談では終わらない強さになっていました。
映画と実話の違いについては、大きく内容が変えられているわけではありません。
ただ、ドキュメンタリーだからこそ編集や見せ方で印象が整えられていて、エンニオ・モリコーネの凄みがより濃く伝わる作りになっています。
映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」を観終わったあと、私は映画の見方が少し変わりました。
映像だけでなく音楽にも自然と意識が向いて、同じ映画でも感じ方が変わってしまうんです。
もし最近、映画を観ても心が動きにくいと感じているなら、この作品はかなりおすすめです。
静かに刺さって、あとからじわじわ残ります。
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